人吉球磨地方復興支援プロジェクト

人吉球磨アンバサダーズ
インタビュー

人吉球磨アンバサダーズ インタビュー

火の国サラマンダーズ

プロ野球チーム

火の国サラマンダーズ プロ野球チーム

Ambassador 07

火の国サラマンダーズ

HINOKUNI SALAMANDERS

プロ野球チーム

被災者にとって一番つらいのは「災害の事実が忘れられてしまうこと」。
自分も忘れてはいけないし、多くの人に忘れてほしくないと感じました。

2020年に熊本県初のプロ野球チームとして誕生した火の国サラマンダーズ。現在は2021年に開幕したプロ野球独立リーグ・九州アジアリーグに所属し、リブワーク藤崎台球場を拠点に活動中です。
同チームに所属する石本裕大投手と河添博司内野手は人吉市ご出身。彼らの活躍は水害から一年経ってなお復興の途にある人吉・球磨の方々を元気付けています。そんなお二人にチームの活動状況や人吉市で行ったボランティア活動、地元への思いを聞きました。

知らない人でも街で挨拶する
人吉・球磨の「人と人の近さ」

お二人は人吉市のご出身ですが、人吉のどんなところが好きですか?

河添 自然が多くて、のどかなところですね。子供の頃は球磨川でよく川遊びをしました。

石本 球磨川は本当にきれいですよね。自分が通っていた人吉高校の近くには人吉城があり、野球部のトレーニングで石段をよく登っていましたが、そのいちばん上から球磨川を眺めるのが好きでした。

人吉・球磨の街の良さは、大人になってから地元に帰っても感じますか?

石本 そうですね。今も毎月のように帰っていますが、都会と比べると空気がキレイですし、人と人との距離が近いなと感じます。人吉では知らない人同士でも、街中ですれ違うと挨拶をするんですよね。ほかの街ではそうした経験はしなかったので、あらためて人吉のよさに気付かされました。

火の国サラマンダーズ 石本裕大投手

石本裕大投手

火の国サラマンダーズ 河添博司選手

河添博司選手

チームでも個人でも行った
水害発生直後のボランティア活動

2020年の水害発生時、河添選手は火の国サラマンダーズの母体となった熊本ゴールデンラークスでプレーしていたんですよね。

河添 7月前後に大雨が降ることは過去にもあったので、最初は「また大雨か」と思っていましたが、状況が深刻なことがすぐに分かりました。チームは災害発生後すぐにボランティア活動実施を決めて、僕もボランティア活動に従事しました。活動は、水害に遭った住宅の泥の掻き出しや、家具の搬出、ゴミの運搬などです。

生まれ育った街に大きな被害が出たことににはショックも受けたと思います。

河添 小学校の通学路にあった西瀬橋も崩壊していましたし、街の被害を現地で見たときは悲しい気持ちになりました。ボランティア活動は1週間ほど続けましたが、それだけの作業ではまったく終わりが見えませんでした。

石本 僕は当時、人吉の実家にいました。幸い周辺は大きな被害は出ていませんでしたが、街の被害状況は深刻でした。ふだん歩いている道にも大きな被害に遭った家がありましたし、水害で壊れた家電製品や家具などが屋外に並んでいて、はじめて街に出たときは言葉が出ませんでした。
個人的にボランティアにも参加しましたし、被災した知人の家で作業を手伝うこともありました。被災した方々は本当に淡々と作業をされていて、「できるだけ普段どおりに過ごそう」と頑張っていることや、心の内に様々な思いを抱えていることが伝わってきました。

火の国サラマンダーズは人吉でのボランティア活動もされています。6月下旬にはお二人も参加されたそうですね。

河添 僕は被災した住宅の内装の手直しの準備として、家の中の壁を剥がす作業などを行いました。家具などはすべて運び出されていましたし、水害の被害が大きかったことをあらためて感じました。

石本 自分も被災した住宅で作業をして、水害でカビが生えた部分の消毒・清掃などを行いました。やはり「まだまだやるべきことは沢山ある」と感じましたし、災害復興を続けるにも特に若い世代の人手が足りていないことを痛感しました。
また熊本地震のときもそうでしたが、被災者の方にとって一番つらいのは「災害の事実が忘れられてしまうこと」だと思います。そのことを今回のボランティア活動でも痛感しましたし、自分も忘れてはいけないし、多くの人に忘れてほしくないと感じました。

河添 火の国サラマンダーズでは人吉での野球教室も行っていますし、復興支援についてはチームでできることを今後も続けていきたいです。

火の国サラマンダーズ ボランティアの様子

2021年6月、人吉でのボランティアの様子

念願の熊本初のプロ野球チーム誕生
地元でプレーする喜びを噛みしめる日々

九州でプロ野球独立リーグがスタートし、地元の熊本に設立されたチームに選手として加わる心境はいかがでしたか?

河添 「いつか地元にプロ野球のチームができてほしい」と思っていたので、まずはチームができたことが嬉しかったです。自分もその一員としてプレーして、地元の友だちや家族にも喜んでもらいたいと思ったので、このチームに加わることを決めました。

石本 自分も熊本にプロ野球チームができることが嬉しかったです。自分は母体のチームに所属していなかったので、人吉で開催された入団テストを受ける必要がありましたが、「絶対に合格するぞ」という気持ちで望みました。今のチームでも人吉出身の選手は自分と河添選手だけですね。2人とも同じ少年野球クラブに所属していたんです。

河添 そうなんですよ。少し年齢が離れていたので、お互い名前は知っていても、すごく仲がよかったわけではないんですけど。

石本 「もう忘れられてるかな?」と思ったので、再会したときは「俺のこと覚えてる?」と確認したと思います(笑)。

河添 もちろん覚えていたので、僕から話しかけにいきました(笑)。やっぱり地元が同じ選手がチームにいるのは嬉しいですし心強いです。

石本 共通の話題がいろいろあるので、再会したときは盛り上がりましたね。

河添 共通の話題といってもジャスコの話とかですけどね(笑)

実際に熊本でリーグ戦を戦ってみて、心境はいかがですか?

河添 僕たちのプレーで観客のみなさんが喜んでくれるのが何より嬉しいです。ファインプレーが出たときの歓声や、勝ったときの拍手など、一つ一つの反応が自分の力になっていますし、地元の友人・知人の応援も大きな励みになっています。また試合で活躍してMVPを獲得すると、賞品として熊本で有名なフジチクの馬刺しなどをいただけるんですが、僕は馬刺しが好物なのでそれもやりがいになってます(笑)。

石本 地元のメディアを中心に、テレビや新聞もチームの活動を積極的に報じてくれていますし、それを「見たよ」と連絡してくれる友人や親戚がいることも本当に嬉しいですね。球場には友達も家族も親戚も応援に来てくれているので、今は本当に「地元でプレーしてよかったな」と感じています。

火の国サラマンダーズ インタビューの様子

リモート取材の様子。野球のこと、人吉・球磨への思いを真剣に語ってくださいました。

野球での活躍を通じて
人吉に元気や希望を届けたい

現在の火の国サラマンダーズでは、細川亨監督、馬原孝浩ピッチングGMをはじめとして、ソフトバンクホークスなどで活躍した錚々たる面々が指導者を務めています。

石本 日本のプロ野球でトップクラスの活躍をしてきた方々に直接指導していただけるのは、本当に貴重な経験です。ソフトバンクホークスの3軍などNPB(日本野球機構)所属のプロの選手達と試合をすることもあるのですが、今の自分の実力を知る機会にもなります。「この部分が自分には足りてない」と明確になった部分も多いので、毎試合とても貴重な経験をできています。

河添 今はリーグに2つのチームしかありませんが、チームが増えたほうが戦う選手もやりがいが大きくなりますし、見ているファンの方々も面白くなると思います。できれば九州のすべての県にプロ野球のチームができてほしいですね。

お二人の活躍は、人吉の災害復興の後押しにもなると思います。

河添 そうですね。僕らは野球をするのが一番の仕事なので、いいプレーをして、結果を出して、地元で応援してくれている人たちに良いニュースを届けられるように頑張りたいです。

石本 自分たちの活躍で喜んでくれる人が人吉にはいると思いますし、街の人から応援の声をいただくと「もっと頑張ろう」という気持ちが湧いてきます。また、人吉出身の選手がいいニュースを届けられれば、ほかの分野で活動している人吉の人たちも「自分も頑張ろう」と感じてくれるはず。暗いニュースが多い世の中ですが、野球を通じて希望や元気を届けられる存在になりたいです。fin.

文:古澤誠一郎

profile

石本 裕大(いしもとゆうだい)投手

1995年生まれ。人吉市出身。人吉高校、久留米大学を卒業後、2018年にプロ野球独立リーグ・四国アイランドリーグplusに所属する徳島インディゴソックスに入団。同チームでの3年間のプレーを経て、2021年から火の国サラマンダーズでプレーする。右投げ右打ち。


河添 博司(かわぞえひろし)内野手

1997年生まれ。多良木高校卒業後、沖データコンピュータ教育学院野球部で社会人野球を経験。2019年から熊本ゴールデンラークスでプレーし、2021年からは火の国サラマンダーズの選手に。右投げ右打ち。


火の国サラマンダーズ公式サイト

Ambassador 08

中田 裕二|シンガーソングライター

少しずつでも熊本に活気が戻ることを願っています。そしてそのときは、僕らもまた歌でお手伝いできたらうれしいですね。

中田 裕二シンガーソングライター

Ambassador 06

斉田 季実治|気象予報士

いつか起きる災害に備えるためには、天気に興味を持ち、楽しむことが重要だと考えています。

斉田 季実治気象予報士

Ambassador 05

六角 精児|俳優

復活した肥薩線とくま川鉄道に揺られて、球磨焼酎を飲みにまた訪れたいと思います。

六角 精児俳優

Ambassador 04

巻 誠一郎|元プロサッカー選手

多くの人が現地を訪れるのが難しい今でも「意識し続ける」「気にかけ続ける」ということが大きな支援になる。

巻 誠一郎元プロサッカー選手

Ambassador 03

小倉 ヒラク|発酵デザイナー

人吉・球磨の未来は「この町が好きだからなんとかしたい!」っていう人たちが作るのがいいと思うんです。

小倉 ヒラク発酵デザイナー

Ambassador 02

中原 丈雄|俳優

僕がロケに行くことがなにかの力になるかもしれない。一日も早く人吉のみなさんの明るい笑顔が見られたらと願っています。

中原 丈雄俳優

Ambassador 01

轟 悠|宝塚歌劇団特別顧問

同じ痛みを理解できる人たちが人吉以外にもいる。そのことが次へ進む勇気のかけらになれば幸いです。

轟 悠宝塚歌劇団