人吉球磨地方復興支援プロジェクト

人吉球磨アンバサダーズ
インタビュー

人吉球磨アンバサダーズ インタビュー

巻 誠一郎

元プロサッカー選手

巻 誠一郎 元プロサッカー選手

Ambassador 04

巻 誠一郎

SEIICHIRO MAKI

元プロサッカー選手

多くの人が現地を訪れるのが難しい今でも
「意識し続ける」「気にかけ続ける」ということが大きな支援になる。

ワールドカップにも出場し、気持ちを前面に押し出したプレーで多くのサッカーファンに愛された巻誠一郎さん。2016年に発生した熊本地震では、自らも被災しながらスポーツを通じた支援活動を展開してきました。そして人吉・球磨地方の豪雨災害発生後も、約1ヶ月にわたって現地での支援活動に尽力。選手時代から変わらない熱い思いと、現在も関わりを持ち続ける被災地との関係について伺いました。

サッカーではすべての選択に責任が伴う。
その訓練の経験が災害支援でも活きた。

熊本県下益城郡小川町(現:宇城市)のご出身で、ロアッソ熊本でもプレーされました。熊本に戻った背景には、地元に恩返ししたいという思いもあったのでしょうか。

若い頃は、自分の成長や活躍のためにプレーをしていましたが、キャリアを重ねるなかでチームやサポーター、地域の人たちに元気になって欲しいという思いが強くなりました。
背景としては、海外クラブでプレーした経験が大きい気がしますね。
特にロシアでプレーしていた時期は、人口100万人の都市に日本人は僕1人だけという環境でした。誰も僕を知らないし、困ったことがあっても助けてもらえない。

そんな過酷な環境に身を置いたからこそ、周りの人たちが自分のことを知っていて支援も惜しまずにしてくれる日本の環境は、本当に恵まれたものだったんだなと気がつく事が出来ました。その経験を通じて、自分の価値を自分以外の人たちのために使いたいと考えるようになったんです。

2016年の熊本地震の発生時は、ご自身が主催している子ども向けのサッカースクールで指導していたんですよね。

地元の宇城市で、小学生の指導をしていましたね。そのときに大きな揺れを感じました。

数日後に津波警報が出たときは、高台のグラウンドへ地域の方々の車を誘導しました。許可がない状況で自分の判断で実行しましたが、誰からも怒られなかったので良かったです(笑)。

巻 誠一郎 元プロサッカー選手

強い行動力や責任感は、サッカーの経験で培われてきたものだと語る巻さん。

災害の発生時、そこまで迅速に行動を起こせたのはなぜだったのでしょうか。

やはり、サッカーの影響が大きいでしょうね。ピッチの上では、常に責任を伴う難しい選択が求められ続けます。プレーの中で決断し続けてきたからこそ、災害支援でも即座に行動を起こすことができたんだと思います。

巻さんは豪雨災害の発生翌日には熊本市内に物資支援の輸送拠点を作り、その数日後には球磨地方にも支援拠点を作られていました。

熊本地震の経験が活きました。
災害支援を行うとき、被災地のすぐ近くに輸送拠点を作るだけでは物流が滞ってしまいます。熊本地震の際には、被災地からの距離が異なる遠近2つの輸送拠点を作りました。
今回の豪雨災害でも、そのときの方法を上手く活かせたんじゃないかと思います。

また、人吉・球磨地方の豪雨災害では、コロナ禍で外から人が入るのが難しい状況下だったので、地域の方々が自分たちで協力して、地域内で支援の輪を広げていくスタイルを大事にしました。自分たちの組織も現地で活動する人間は最少人数にとどめて活動するようにして、僕もトラックを運転して物資輸送を担当しました。
1日に熊本市と被災地を何往復もした日もありましたよ。

巻誠一郎

巻さんはボランティア活動中も、常に自ら率先して「誰かのため」に動いています。

巻誠一郎

ボランティア同士のチームワークも抜群。ここにもサッカーで養った「目的を持ってチームで行動する力」を活かしました。

子どもたちの笑顔の積み重ねが、
復興につながる。

熊本地震の発生後は、NPO法人「YOUR ACTION」も設立されました。どんな思いでの設立だったのでしょうか。

「まずは目の前で困っている人を助けよう」というシンプルな思いからです。
自分たちは民間の支援団体なので、支援の量や訪問できる地域も限られています。
だからこそ、目の前の人たちにとことん向き合う上で「あなたのアクションは何ですか?」という問いかけをYOUR ACTIONという法人名に込めました。

また復興が徐々に進んでくると、支援活動を行っていた人たちも次第に離れていきました。そこで僕たちのNPO法人が発信したのが「YOUR ACTION=あなたのアクションは何ですか?」というメッセージでした。

僕たちが起こしたアクションの一つに、スポーツを通じた子どもたちの育成活動があります。地域の未来を作るのは子どもたちですし、彼らが夢を追いかける環境があってこそ地域の未来は明るくなると思っています。

「子どもたちに夢を持ってもらう」という意味は大きいと考えているそうですね。

やはり、夢や目標を持たないと、人はなかなか前に進むことができません。
夢を持つことは、新たな一歩を踏み出すためのエネルギーになりますし、一歩を踏み出した瞬間に目の前に新しい世界が開けます。

様々な活動に取り組む中で、なかなか夢を持つことが出来ない子どもたちや夢の実現に向けたアクションに踏み出すことが出来ない子どもたちと接する機会も増えました。
子どもたちの育成活動を通じて、夢を持つことの大切さはもちろんですが、同時に夢を形にするためのアクションの大切さも伝えていきたいと思っています。

災害復興支援において「継続すること」は非常に難しいことだと思います。

被災地の方と何ヶ月も交流を続けていると、みなさん最初はネガティブな話をすることが多くても、だんだんと笑顔が増えていくんですよね。その場限りの笑顔からはじまっても、積み重ねることで自然と前向きな笑顔が生まれている。だからこそ、子どもたちと関わり続けて、笑顔を作る活動を継続したいと思っています。

継続するためには関心を持ち続けなければいけないし、学び続けなければいけないので、とても大変です。でも、そうした忍耐の大切さや、継続をする中で課題を発見し、自分なりの工夫で解決していくことの大切さも、サッカーから学んできました。

課題を見つけてアクションを起こし、また新たに出てきた課題に対してアクションを起こす……というサイクルは、現役時代にずっと続けてきたことです。災害支援の活動でも、同じサイクルを回しながら取り組んでいる感覚がありますね。

巻選手

レッスン中の巻さん。参加している子どもたちの笑顔が輝いています。

「誰かのため」に頑張ると大胆に行動できる。
それは、災害支援でもサッカーでも一緒だった。

巻さんは熊本地震の支援活動のなかで、「自分は誰かのために動くと、力を発揮できる人間だということを改めて感じた」ともおっしゃっていました。

サッカー選手なので、ある程度のキャリアを積むと引退後のプランを考えるようになるし、年齢を重ねると不安も増してきます。そんななかで生活の安定のために飲食店経営などもやってみましたが、何かしっくりこないものがありました。
今振り返ると、根本的に興味がないことに取り組んでいたのが原因だったんでしょうね。

そんな時期に熊本地震が発生し、支援活動を続けていくなかで、自分に向いているのは「誰かのため」の活動だと気づきました。
僕は自分のためにと考えるとつい遠慮をしちゃうし、発信することもためらってしまう。でも一方で、自分以外の誰かのためには、ものすごく大胆でずうずうしい人間になれる(笑)。
これはサッカーでも一緒でした。

まさに巻さんの現役時代の体を張ったプレースタイルそのものですね。

僕はピッチに立ったとき、「チームのために」と思ってプレーすると、すごく頑張れるし、自分の力を存分に発揮できるタイプでした。でも「自分がゴールを決めよう」とか「今日は俺が活躍しよう」といった発想の日は、だいたい失敗する(笑)。
それがサッカー以外の活動でも同じだと気づいてからは、自分の力を最大限に発揮できる自分以外の誰かのために力を注いだほうがいいんだなと考えるようになりました。

球磨郡の病院に勤めている方からは、「スタッフ全員が疲弊しているなか、巻さん自身が物資を持って病院に訪れてくれて、そこでみんなが元気になった」という話も聞きました。そういった活動に今は使命感を感じているわけですね。

今でも自分から何かを発信して注目されるのは、基本的に苦手なんですけどね。
ただ、支援活動をしているときに限っては違う。サッカーのプレー中と同様にアドレナリンが出ているのか、自分でも信じられないような吹っ切れた行動ができるんです。

巻 誠一郎 元プロサッカー選手

「笑顔の輪を広げていきたい」という巻さん。現役自体はもとより、現在も精力的な活動で多くの人たちに笑顔を届けています。

サッカーの素晴らしさ、
人吉の素晴らしさ。

巻さんは被災地の学校を訪れてサッカーを教える活動も行われていますね。

やはり僕の力を一番発揮できる分野はスポーツであり、特にサッカーなので、そこは自分ならではのツールとして最大限に活用をしています。

サッカーには不思議な力があって、暗い気持ちで心を閉ざしている子どもでも、ボールを足元に転がして「ボールちょうだい」と伝えると、蹴り返してくれるんですよね。
そのときの反応とか、蹴り返されたボールの強さで、「まだ辛い気持ちなんだな」「本当は体を動かしたくてウズウズしてるんだな」といった感情が分かることもあります。

サッカーは、言葉を使わずともコミュニケーションをとれるスポーツとして、「世界の共通言語」とも言われています。ボール一つでいろんな人と繋がれるのは素晴らしいことだと思いますし、今後もサッカーを通して一つでも多くのコミュニケーションを紡いでいけたらと思っています。

熊本地震の際は、ロアッソ熊本のチームメイトたちも巻さんの災害支援に協力してくれたそうですね。

ロアッソのチームメイトは、チームワークもパワーも抜群なので、物を運ぶのもメチャクチャ早かったですし、回数を重ねるごとにそのスピードが上がっていきました(笑)。
チームメイトを通じて支援の輪も広がりましたし、一人ひとりが自分で考えた上で目的を持ってチームで行動する力を養うのにサッカーは最適なんだなと改めて感じました。

豪雨災害の支援活動では何度も人吉・球磨地方に入られたと思いますが、この地域の良さはどんなところにあると感じましたか。

まずは、「人」ですね。
僕らが支援活動に取り組んでいるときにも、どんな小さなことでも「ありがとう」とみなさんが声をかけてくれるし、涙を流して喜んでくれる方もいました。それどころか、「私はいいから、もっと困っている方のところに持っていってね」と言ってくださる方もいました。

また、人吉の美しい川や山がある風景もやはり素晴らしいと思います。
水害の発生前、ラフティングで球磨川を下ったこともありますし、温泉に入ったこともありますよ。料理もお酒もとにかく美味しい地域ですよね。

僕は高校卒業後、関東の大学に進学し、その後も千葉県のクラブでプレーを続けていたので、ロアッソ熊本に移籍して地元に帰るまで、熊本の素晴らしさをあまり感じることができていませんでした。外へ外へと視野を広げようとしすぎて、地元のことが見えていなかったんだと思います。「やっぱり熊本っていいものが沢山あるな」と感じるようになったのは地元に帰ってきてからで、その驚きや感動は今も続いています。fin.

文:古澤誠一郎
写真:後藤秀二
撮影場所:WeWork新橋

profile

巻 誠一郎(まきせいいちろう)

1980年熊本県生まれ。元プロサッカー選手。2003年に当時J1のジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団。ロシアや中国でプレーした後、2014年に地元のクラブのロアッソ熊本に加入。2016年の熊本地震の発生後は復興支援活動に尽力した。日本代表では国際Aマッチ38試合に出場し8得点。引退後は熊本を拠点にサッカースクールの運営などを行いながら、熊本の災害支援や社会貢献活動にも力を入れている。
公式サイト

Ambassador 08

中田 裕二|シンガーソングライター

少しずつでも熊本に活気が戻ることを願っています。そしてそのときは、僕らもまた歌でお手伝いできたらうれしいですね。

中田 裕二シンガーソングライター

Ambassador 07

火の国サラマンダーズ|プロ野球チーム

被災者にとって一番つらいのは「災害の事実が忘れられてしまうこと」。自分も忘れてはいけないし、多くの人に忘れてほしくないと感じました。

火の国サラマンダーズプロ野球チーム

Ambassador 06

斉田 季実治|気象予報士

いつか起きる災害に備えるためには、天気に興味を持ち、楽しむことが重要だと考えています。

斉田 季実治気象予報士

Ambassador 05

六角 精児|俳優

復活した肥薩線とくま川鉄道に揺られて、球磨焼酎を飲みにまた訪れたいと思います。

六角 精児俳優

Ambassador 03

小倉 ヒラク|発酵デザイナー

人吉・球磨の未来は「この町が好きだからなんとかしたい!」っていう人たちが作るのがいいと思うんです。

小倉 ヒラク発酵デザイナー

Ambassador 02

中原 丈雄|俳優

僕がロケに行くことがなにかの力になるかもしれない。一日も早く人吉のみなさんの明るい笑顔が見られたらと願っています。

中原 丈雄俳優

Ambassador 01

轟 悠|宝塚歌劇団特別顧問

同じ痛みを理解できる人たちが人吉以外にもいる。そのことが次へ進む勇気のかけらになれば幸いです。

轟 悠宝塚歌劇団