人吉球磨地方復興支援プロジェクト

人吉球磨アンバサダーズ
インタビュー

人吉球磨アンバサダーズ インタビュー

中原丈雄

俳優

中原丈雄 俳優

Ambassador 02

中原丈雄

TAKEO NAKAHARA

俳優

僕がロケに行くことがなにかの力になるかもしれない。
一日も早く人吉のみなさんの明るい笑顔が見られたらと願っています。

大河ドラマ「真田丸」をはじめ名バイプレイヤーとして映画やドラマに引っ張りだこの俳優、中原丈雄さんは球磨郡湯前町のご出身。高校生まで人吉・球磨地方で過ごしました。球磨焼酎大使にも任命され、近年はラジオやテレビ番組などで熊本を訪れることが多かったという中原さんですが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い2020年3月から人吉・球磨に帰れておらず、水害発生時も何もできないもどかしさで心を痛めたといいます。そんな中原さんに故郷の思い出や大好きだという球磨焼酎の魅力、そして復興に向けて進む人吉・球磨への思いを聞きました。また画家としてもプロ級の腕前を持つ中原さんは、被災した方々を元気づけるために愛する球磨川の風景画を制作。人吉・球磨の方々にとって球磨川とはどのような存在なのでしょうか。

あれだけ出て行きたかった人吉・球磨が年を取るごとに大切なものになっている。不思議なものですね。

中原さんが少年時代を過ごされた頃の人吉・球磨地方は、どのような場所でしたか。

今とあまり変わらないですね。山に囲まれて人吉城址がある風景は僕が子どもの頃のままなので、帰るたびに懐かしくなります。夏の楽しみといえば球磨川で泳ぐことで、よく魚釣りもしましたね。

当時の人吉には5館くらい映画館があって、小学生の頃からよく映画も観に行っていました。いつもお腹を空かせていたから、スクリーンの中に出てくる食べ物がおいしそうでね。俳優になるとあんなおいしいものを毎日食べられるのかと思っていたのが、実は俳優をめざした最初の動機だったんです。俳優が一番食えない仕事だと知るのは、それからずっとあとのことでしたね(笑)。

上京したのは高校卒業後ですが、それまでも俳優になりたくてずっと「東京に行きたい」と思っていたんです。人吉・球磨の盆地から一刻も早く出たくてしょうがなかった。 ずいぶん長いこと熊本と関わりがなかったのが今になって深く関わるようになり、あれだけ出て行きたかった人吉・球磨が年を取るごとに大切なものになっている。不思議なものですね。

TKUテレビ熊本「中原丈雄の味わいの刻」収録風景

コロナ禍以降はたった一人でリモート収録に挑んでいる中原さん。手元にはもちろん球磨焼酎が。
TKUテレビ熊本「中原丈雄の味わいの刻」

お酒って、人を幸せにする力があるんですよね。
飲んで楽しくなり、そこに喜びがおきて、「明日もがんばろう」という気持ちになる。

最近では人吉・球磨のみならず、熊本でのお仕事も多いんですよね。

そうなんです。テレビ熊本の「中原丈雄の味わいの刻(とき)」は7年目、熊本放送のラジオ「中原丈雄のくまもとスピリット」も2年目に入ります。どちらも高橋酒造さんとの出会いから始まった番組で、これまでは収録のために毎月熊本に帰っていたのですが、昨年3月以降はコロナで帰れなくなってしまって。番組は今、リモートで出演しています。

「味わいの刻」では、熊本の飲食店を300軒近く訪れていますが、熊本の店は日本料理もイタリアンも中華も、なんでもうまいんですよ。ジャンルを問わず、腕のいい料理人が大勢いる。人吉・球磨はもちろん、熊本全体の食文化の深さに、あらためて驚きました。
まず熊本は、阿蘇火山の恩恵による豊富な地下水があって水がいい。そして、この水でできる野菜があり、その野菜を食べる動物たちがいる。材料がいいから飲み物もおいしいし、飲み物がおいしいから料理もおいしくなって、相乗効果が生まれているのでしょう。こうした水と空気の良さが、熊本という土地の豊かさなのだと思います。

2010年には球磨焼酎大使にも任命されていらっしゃいます。

球磨焼酎は室町時代からの伝統を受け継ぐ、たいへん歴史のあるお酒です。たとえばフランス・コニャック地方のコニャックのように、特定の地域でしかできないお酒ってありますが、球磨焼酎もそういうブランドで、人吉・球磨には27の蔵があります。
九州には個性豊かな焼酎がありますが、僕らの焼酎は米。良質な米と、球磨川水系の地下水で、職人が手間をかけてつくるというこの球磨焼酎の文化を、全国に広めていきたいと思っています。

球磨焼酎の良さは、どんなところにあるのでしょう。

僕は芋焼酎も好きなんですが、独特の香りがあるので、合う食材と合わない食材があるんですよね。でも球磨焼酎はいろんな食べ物とあわせて飲むことができるんです。僕はだいたいロックで飲むんだけど、和食はもちろんカレーライス、餃子、スパゲッティなど、なんでも合います。この前、りんごを食べながら焼酎を飲んでみたら、これがまたよかった。馬刺しや焼き鳥など、肉料理ももちろん合います。熊本の農家ではよく、獲ってきたイノシシや鹿を食べたりしますが、こういうジビエがまた米焼酎に合うんです。「白岳」や「しろ」のお湯割りを合わせた日にはもう、たまらないですね(笑)。

集落では例年、元日の朝9時に、城泉寺というお寺でお正月会もやりました。僕が持っていった高橋酒造さんの「白岳」を穴を開けた竹に注ぎ、炭で火をおこした中に突っ込むんです。そうしてできた直燗を、みんなで「おめでとうございます!」と飲む。9時半には、もうベロベロです(笑)。

お酒って、人を幸せにする力があるんですよね。飲んで楽しくなり、そこに喜びがおきて、「明日もがんばろう」という気持ちになる。お酒の力ってすごいなと思いますね。

球磨川

普段の球磨川は、川底が透き通って見えるほどの透明度。人吉・球磨の人たちは昔からこの球磨川を愛してきました。もちろん、中原さんもその一人です。

中原丈雄 俳優

大好きな球磨焼酎を語る時の中原さんは、普段のダンディなイメージとは異なるチャーミングな表情に!

大変な水害がありましたが、球磨川を悪く言う人は誰もいない。
みんなどこかで、「球磨川があってこそ自分たちの生活がある」と思っているのでしょう。

ご実家はまだ湯前町にあるんですか?

そうですね。母がいた頃は、帰るたびに町の人たちと家の庭でバーベキューもしました。母には「オレが帰ってきたことを言わないでくれ」って言うんだけど、なぜか30人くらい集まっているんですよね。

周囲の方々とは今でもお付き合いがあるんですね。

顔見知りばかりですよ。家族とはまた違いますが、仲間、同志のような温かさがあります。僕は帰るといつも母の自転車に乗って集落を見てまわっていたんですが、湯前町の役場にふらっと寄って挨拶すると、町長が「中原さんがまた自転車でいらっしゃいましたよ!」と周囲に知らせるものだから、恥ずかしくてね(笑)。
僕の家は湯前駅から歩くと1時間くらいかかるのですが、子どもの頃は、母や祖母に連れられて歩くのが普通でした。だから今も車で行こうとは思わなくて湯前を移動するときは自転車。僕にとっては上等な交通手段です。

昨年7月の水害では、心を痛められたことと思います。

10年くらい「どぅぎゃん」という地元情報誌の連載を続けているのですが、昨年7月3日の夕方に、その原稿を送ったばかりだったんです。そのとき電話で「えらい雨が降ってるみたいだけど大丈夫なの?」って聞いたら、編集部は「大丈夫ですよ」と言っていた。ですからその翌日、テレビでニュースを見て驚きました。前日の夜から、状況が一変していた。あまりの変わりように言葉もありませんでした。

東京にいて何もできないことを心苦しく思っていたので、高橋酒造の高橋光宏社長から「球磨川の絵を描いてほしい」というお話をいただいたときは、喜んでお引き受けしました。
大変な水害がありましたが、球磨川を悪く言う人は誰もいないと聞いています。みんなどこかで、「球磨川があってこそ自分たちの生活がある」と思っているのでしょう。僕にとっての球磨川も、悠々とした流れの中で鮎が泳ぎ、川下りの木船が浮かぶ、大きくて静かな川です。濁流の球磨川はイメージできない。絵はまだ下書きの途中ですが、穏やかな球磨川と人吉城址の絵になると思います。

故郷の復興に向けた思いを語る中原さん

故郷の復興に向けた思いを語る眼差しは真剣そのもの。

白岳伝承蔵

中原さんの絵画は「白岳伝承蔵」に飾られる予定で、どなたでも観賞することができます。

※白岳伝承蔵は、感染症拡大防止のため現在臨時休館中です。再開につきましては高橋酒造公式サイトにてお知らせする予定です。

俳優 中原丈雄

思い出話を交えながら、気さくに語ってくださった中原さん。言葉の端々から、人吉・球磨地方への愛着を感じました。

苦しく厳しいときだけど「今日は負けたけど、明日は違うぞ」と思ってほしい。

中原さんは絵だけでなく、音楽もお好きなんですよね。

人吉にいた子どもの頃から音楽は大好きですね。自分でバンドもやっていますよ。あとは絵の資料にするために写真も覚えたら、カメラも楽しくなって、今はどこに行くにも持ち歩いています。
俳優だけでやっている人もいますが、僕はそれができないんですよ。音楽だったり、絵だったり、いろんな足に支えられて、ようやく立ち上がってる感じなんです。でも、そういう自分の好きなものが、全部俳優の仕事につながっていくように感じています。

今は一人芝居の準備もしています。本当だったら昨年11月に熊本県山鹿市の八千代座という素晴らしい劇場でやるはずだったのですが、新型コロナウイルスの影響でできなくなってしまって。今年11月頃に上演できればと思っています。台本は、百年くらい前のものを、すべて自分で書き直したものです。この舞台は、死ぬまでやり続けたいと思っています。

昨年は新型コロナウイルスにも翻弄されました。

その前には熊本地震もありましたからね。地震に水害、コロナといろんなことが重なり、まだまだ大変な状況の中にいる方々がたくさんいらっしゃると思います。苦しく厳しいときだと思いますが、人間は「負けた」と思うと負けちゃうんですよね。だから、「今日は負けたけど、明日は違うぞ」と思ってほしい。これからも地震や災害、気候変動など、さまざまな試練があることでしょう。そんなときも「自然は強い。でも、人間も強いんだ」という気持ちがあれば、なんとか立ち上がって、新しい一歩を踏み出せるのではないかと思っています。

水害が起きてから人吉のためにできることを考え続けていますが、もういい年ですからボランティアに行って重たい木材を担ぐことはとてもできません。でも、次に僕が「味わいの刻」のロケで熊本に行くことで「中原丈雄が帰ってきた! また日常が動き出したんだ!」となれば、それもなにかの力になるかもしれない。だから一日も早く熊本に帰って、人吉のみなさんの明るい笑顔が見られたらと願っています。fin.

文:矢部智子
写真:後藤秀二
撮影場所:WeWork新橋

中原丈雄さん作の絵画

中原さんが今回の水害を受けて描いた
『黄昏の球磨川と人吉城址
心を流れる故郷の川』。
「黄昏の空と球磨川に、人吉城址、鉄橋と走る列車、水の手橋です」とのこと。

profile

中原丈雄(なかはらたけお)

1951年熊本県生まれ。劇団未来劇場にて数多くの舞台を踏んだ後、映画・テレビ等の映像世界に移る。1992年「おこげ」にて映画デビュー。以後、映画・ドラマに多数出演。現代劇、時代劇問わず幅広い活動を行っている。俳優活動以外にも絵画で個展を開いたり、講演やトークなどにも出演。またプライベートバンド「TAKEO.UT・MEN」を結成し、ライブも行っている。山崎製パン株式会社「ゴールドシリーズ」のCMに出演中。

Ambassador 06

斉田 季実治|気象予報士

いつか起きる災害に備えるためには、天気に興味を持ち、楽しむことが重要だと考えています。

斉田 季実治気象予報士

Ambassador 05

六角 精児|俳優

復活した肥薩線とくま川鉄道に揺られて、球磨焼酎を飲みにまた訪れたいと思います。

六角 精児俳優

Ambassador 04

巻 誠一郎|元プロサッカー選手

多くの人が現地を訪れるのが難しい今でも「意識し続ける」「気にかけ続ける」ということが大きな支援になる。

巻 誠一郎元プロサッカー選手

Ambassador 03

小倉 ヒラク|発酵デザイナー

人吉・球磨の未来は「この町が好きだからなんとかしたい!」っていう人たちが作るのがいいと思うんです。

小倉 ヒラク発酵デザイナー

Ambassador 01

轟 悠|宝塚歌劇団

同じ痛みを理解できる人たちが人吉以外にもいる。そのことが次へ進む勇気のかけらになれば幸いです。

轟 悠宝塚歌劇団